第3話-04
 古びた城の中、男たちの怒号と熱気が辺りを包む。金属がぶつかり合う音と破壊される音、何かが燃えるにおいと血のにおい。堅苦しい軍服を着た男たちと、薄ら汚れた服を着た粗野な男たちが入り乱れ、そしてぶつかる。
 軍服を身にまとったブレイドは、乱戦の輪からは少し外れたところで、戦況を目で追う。
 二つの勢力の力は今のところ拮抗しているが、そのバランスが崩れるのも時間の問題だろう。それは質の問題でもあり、また量の問題でもある。もともと戦うために訓練をつんだ人間とただの寄せ集めの集団、一国の軍隊とただの盗賊団。いくら強力な密猟団とはいえ、勝負ははなからついている。
 不意に男の一人が声にならない声を上げながら襲い掛かってくる。ブレイドは軽く相手の刃をかわすと手にした剣の柄を使い、相手を気絶させる。
 目立たない程度に、だが手際よく。あくまでも今は『家庭教師のお兄さん』である。
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 散々騒いだ挙句、牢の監視役は酔っ払って眠りこけていた。外ではまだ宴会が続いているのか、途切れ途切れに声が漏れてくる。
 山の中を探索中、お目当ての盗賊を発見した(?)俺たちは、盗賊たちのアジトにもぐりこむことに成功した。その後、牢屋に入れられるところまでは折込済み、適当に騒いで、様子を見にきたかわいそうな見張りを倒して脱獄。頭目を華麗にやっつけて一件落着。
 ……という作戦だったのだが、脱獄の時点で早くも計画は崩れ去った。まず第一に、いくら騒ごうがわめこうが見張りがやってこない。しかも俺たちが放り込まれた牢屋というのが、やたらと丈夫だったのだ。外見こそ粗末なものの、つくりそのものはかなりこったつくりをしていて、中からの脱獄はもとより、外からの侵入者すら寄せ付けない構造をしていて、盗賊のアジトというには立派過ぎる代物だった。よく見ると鉄格子に彫られた術も無駄に立派な結界を使っている。それはまさに要塞のそれそのもの。おそらく古くなり使われなくなったどこかの国の要塞を再利用しているのだろう。
 半ば本気で部屋ごと吹き飛ばそうとしたが、牢屋は相変わらず存在を主張し続けている。
「うう……、失敗した」
 こんなことになるとわかっていたら、のこのこ捕まったりなんてしなかったのに。
「はあ、これからどうする?」
 若干ふてくされ気味に黙りこんだアスターの背中に再び声をかける。その背中はなんだかなじみきって、何か牢名主っぽい雰囲気をかもし出している。
「……あー、俺も酒の飲みてえ」
「ひ、人がまじめに考えてるときにお前はそんなことを考えてたのかよっ」
「だって考えたってしょうがねえじゃん」
 悪びれた様子もなくアスターが答える。
「それに、最近飲んでねえし……。久しぶりにローストチキンでいっぱいこうきゅっとやりてえなあ」
「きゅって、お前はオヤジか。一体いくつだよ」
「163歳」
「それは飲んでもいい年なのか……?」
 俺の感覚からいうと立派な成人男性なわけだが、魔族と白翼族では年のとり方に差があるって話だから、あまり当てにならない。
「んなの、ダメに決まってんだろ」
 アスターがけろりと答える。
「バレたら確実に退学だろーな」
「不良少年め……」
「つーか俺のほうが年上なんだから、もっと敬えよ」
「敬えって……、じゃあこれからは『おにいちゃん』って呼んでやろうか」
 頬杖をついていた腕から頭がずるりと落ちる。
「うげ、気色わりい……」
「それはよかった。俺も同意見だ」
 赤の他人に『おにいちゃん』なんて呼ばれて喜ぶようなやつとは、できれば知り合いになりたくない。

 不意に、ガラスの割れる音が部屋に響く。
 一瞬、緊張が走るが、単にテーブルからビンが落ちただけのようだ。その音で目が覚めたのか、見張りの一人がよろよろと立ち上がるとおぼつかない外に出て行った。ほかの二人はというと相変わらず眠りこけている。
 もっともさっき術をぶちこんだときでさえも、一切目を覚まさなかったやつらが、たかがビンが割れた音くらいで目を覚ますわけがない。あれだけの攻撃にびくともしない牢屋にも関心するが、それでも起きないこいつらにはもっと感心する。
「……まさか死んでるとか言わないだろうな」
 あまりの熟睡っぷりに一瞬いやな予感が頭をよぎる。鉄格子ごしに死体と一晩すごすなんて素敵体験絶対に遠慮したい。
「げへへへへ……、いいじゃねえか…………俺と……」
 ……とりあえず生きてはいるようだ。お子様には絶対に聞かせられない単語が混じる寝言を聞き流しながら、幸せな盗賊の一人を眺めて俺は小さく舌打ちをする。

「ホントどうするんだよ、これから。アジトにもぐりこんだまではいいけどさ、このままじゃ何にもできないだろうが」
「んー」
 じっと入り口の方向を伺いだす。
「何とかしてここから出ないと」
「そーだな」
「といっても、こんなもん破壊できそうもないし……」
「そーだな」
 一方を見つめたまま、アスターが上の空で返事を返す。
「……俺の話、聞いてる?」
「そーだな」
「……」
 俺の話を聞く気はないらしい。
「……おにいちゃん」
 びくっとアスターの全身が硬直する。が、それにはかまわず、すすっと近寄ると最大級に甘えた声色を作ってやる。
「僕の話聞いてよ」
「ひいぃぃっ」
 ずささっとアスターが鉄格子の端まで後ずさる。牢屋の端っこでびくついているアスターを見るのはちょっと子気味いい。
「と、鳥肌立ったぞっ」
「さっきから呼んでるのに人の話を聞かないやつが悪い」
 俺が地声に戻ったことに少し安心したのか、アスターの表情に余裕が戻る。
「たく、お前はどっかのかまってちゃんかよ」
「はあ? 俺がいつかまってくれっていったんだよ。俺はただこの後どうするかって……」
「しっ」
 詰め寄ろうとした俺を、アスターが静止する。
「な、何だよ……」
「何かさっきっから外の様子おかしくねえか」
 アスターが指差した方向を俺も見てみるが特に異常はない。
「別に何もないぞ」
「いや、なんつーかこう肌があわ立つというか、血が沸くというか……。戦いの気配が……」
「何だよそれ、気のせいだろ?」
 突如、部屋の外から悲鳴が響き渡る。

「「!」」
 部屋で眠りこけていた男たちが飛びおきる。さっき出て行った男が転がるように部屋に飛び込んできた。がたんという鈍い音を立て、テーブルの蜀台が倒れる。すっと長身の影が部屋に滑る込む。気配に気づきざわめく男たち。
「悪いが寝ていろ」
 薄暗い闇の中、影は低い声で静かに言い放つと、腕を動かす。そのわずかの動作で男たちが地面に崩れ落ちた。
 圧倒的な男の強さに俺は思わず息を呑んでいた。アスターも金縛りにあったかのようにその影を見つめている。
 男は部屋の中を一瞥すると入ってきたときと同じように、静かに立ち去ろうとした。
「お、おい……」
「ん? そこに誰かいるのか?」
 アスターに呼び止められ、ようやく俺たちの存在に気が付いた影が足を止める。
「まだ子供のようだけど、こんなところで何してるんだ。ここは盗賊のアジトだぞ」
 男が俺たちの入れられている牢屋に近づいてくる。
「いや、それが……」
 男の手のひらからぼっとやさしい光があふれ出し、空気が固まる。
「う……」
 男がおもむろに口を開く。
「……それは新しい遊びか?」

「……兄さんには、これが遊んでるように見えるのか?」
 牢屋の外で悠然とたたずむ男、ブレイド、つまり俺の兄さんを鉄格子越しにきっとにらみつける。
「はあああ……子供はいいな、楽しそうで」
 が、にらんだところでたいした効果はなく、オールバックにまとめた頭をがりがりとかくと大きなため息をつく。
「いつまでも遊んでないでもう遅いから適当に帰れよ。んじゃ」
「待て待て待て。置いてくなっ」
 ひらひらと片手を振りながら出て行こうとする兄さんをあわてて呼び止める。
「はあ? 置いてくなって……」
 兄さんは俺たちの様子をじろじろと観察している。
「じゃあ、そこで何してるんだよ」
「だーかーら、遊んでるんじゃなくて、俺たち捕まってんだよ」
「捕まってる? 何で」
「何でって、街の口入れ屋からの依頼でここの盗賊退治に来て……」
 説明する言葉がだんだんと小さくなってしまう。のこのこ捕まって出られなくなったなんて間抜けすぎる。
「いや、そうじゃなくて……」
「?」
「お前ら、ホントに気づいてないのか?」
 兄さんが小さくため息をつく。
「……そこの鍵、開きっぱなしだぞ」
「「!」」
 アスターがおそるおそる牢屋の戸を押す。戸はさしたる抵抗もなくすっと開く。
「はは……」
「はははは……」
 どちらからともなく乾いた笑いが漏れる。
「はははははは…………、はあ……」
 ……あの見張りたちは、俺たちを放り込んだあと鍵すら掛けていなかったらしい。

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 いろいろとあったが無事に牢屋から出た俺とアスターは、兄さんに連れられてどこかに向かって歩いている。途中、何度か盗賊の残党に遭遇したりしたが、所詮は、俺たちの敵ではなく、特にこれといった障害もなく、広い通路に出る。
 変わって今度は、兄さんが着ているものと同じ服に身を包んだ兵士と思しき人間たちとすれ違う。彼らはちらりと一瞥しただけで特に話しかけてくる様子はなかった。
「兄さんっ。兄さんってば!」
「ん?」
 何度目かになる兵士との遭遇で、俺は兄さんを呼び止めた。
「そっちは出口じゃないだろ。どこ向かってるんだよ」
 盗賊たちにつれられて牢屋に向かったときとは反対の方角に向かっている気がする。それになにより明らかに兵士との遭遇頻度が高くなっている。
「大広間だ」
 歩く速度を緩めることなく、兄さんが答える。
「これから俺のこっちでの上司に会いに行く」
「なっ。正気かよ」
 少し小走りになり兄さんに並ぶと、俺は耳打ちをする。
「いや、だって俺たちの正体ばれたら……。そうじゃなくったってこんなところにガキなんかいたら怪しさ満点だぞ」
 俺はもちろん、アスターだって同世代の平均と比べるとわりと背は高いほうだが、それでも見た目の年をごまかすには限度がある。周りを忙しそうに駆け回る兵士たちから言わせたら間違いなく、俺たち二人はガキに分類されるだろう。
「逆だよ、逆。お前らみたいな目立つやつら、こっそり脱出させたりなんかさせたら、それこそ目立ってしょうがないだろうが」
 兄さんはちらちらと周りの様子を伺いながら、さらに声を落とす。
「兵士だけならいいんだけどな……、ここには厄介なやつらもいるんだよ」
 厄介なやつら……。
「魔術士か?」
 おそらく出入り口は兵士で固められているだろう。となると、どこか人目に付かないところで、術を使って脱出するのが手っ取り早いだろうが、発動前に魔力を感知されて、兵士に突入でもされたらそれこそ厄介だ。
「しかも、かなり高レベルのな」
 兄さんがひときわ大きな扉の前で立ち止まる。
「それに正体っていうなら誰も何も言わないけど、どうせばれてる」
 兄さんは、扉に手を掛けると小さくため息をつく。
「……とにかく、お前らくれぐれも余計なことは言うなよ」
 扉が重厚な音を立てて開け放たれた。

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