しばらくの間、二人の会話が途切れる。ふわりと夜気を含んだ冷たい風が吹き抜ける。
やがてぼうっと紙が青く冷たい光を放ち始める。
ようやく作業が終わったのかマロウがすっと立ち上がる。
「で、何?」
軽く裾の乱れを直しながらアスターに向き合う。
「何か用があるからこんなとこまで来たんでしょ」
だがアスターはそれには答えずもごもごと口の中で言葉を転がす。
「何もないなら帰るよ」
そんなアスターの様子に業を煮やしたのか、マロウがくるりとそっぽを向く。
「ちょ、ちょっと待て」
「何?」
アスターに呼び止められ振り返るが、その口調は少しきつい。
「いや……」
「昨日のこと? そんなこと別にもういいよ」
「それもあるけど……な」
「あるけど、何? さっきから何なのさ、ぐだぐだぐだぐだ。用事がないならさっさとどっかいってよ!」
「なっ……」
アスターが一瞬言葉に詰まる。
「やっぱお前昨日のこと怒ってるだろ」
「そうだよ……」
マロウが静かに口を開く。
「怒ってないわけないじゃん。こっちが心配して来てやったのにさ、そっちはなにさ。のんきにお友達なんかつくってさ。僕がどんな思いでここまできたとおもってるの」
「お前……」
「わかってるよ。こんなの僕の勝手な言いがかりだってことくらい。でも、でも……」
ふと言葉が途切れる。
「……これじゃ、僕はただの道化だよ」
「お前、そういえばどうやってここに? 確か高位転移術は使えないって……」
薄く薄くマロウが笑みを浮かべる。足元から立ち上る光が顔に影を作る。
「そうだね。だったらできるやつにやらせればいい」
アスターの息を呑む音がかすかに聞こえる。
「ああ別に心配しなくても、そんな手荒な方法は使ってないよ。んー、むしろ取引」
「お前、マジで何してんだよっ」
静かな丘にアスターの声が響く。
「取引って誰と、何を取引してんだよっ」
「ふうん、心配してくれるんだ」
「茶化すなよっ」
「大丈夫だよ、心配しなくても。アスターは絶対に連れ戻す、どんな手を使ってもね」
ぼんやりと光っていた光が次第に明確な輪郭を持ち出す。
「そうじゃねえよ」
「僕のことよりアスターの方こそ用心してよ」
「だからっ」
「どんな姿かたちをしてようと、どれだけ本性を隠そうと、所詮アレは悪魔なんだから」
何かを言いかけたアスターの言葉をさえぎるかのように光の輪郭がマロウを包み込む。
「待てよっ」
ひときわまばゆい光が丘を包み込む。
「またね」
そして光の残像ともにかすかな言葉を残し、マロウの姿が消えた。
柔らかな月の光に照らしだされた丘の上に、一人残された影がポツリとつぶやく。
「ちっくしょう、いいたいことだけ言って、自分はさっさと帰りやがって……」
アスターの声をかき消すように、夜気を含んだ冷たい風が丘を駆け抜けていった。