魔術ってものは本当に便利だ。
例えば家に忘れ物をしたとき。普通だったら忘れ物をとりに戻らないとならないよな。でも魔術が使えれば、それが置いてあった場所をイメージしたらあとはちょちょいのちょいであっという間に手元に忘れ物が届いているってわけだ。……部屋が汚くてどこに何があるか分からなかったらアウトだけどな。
便利な分いろいろと制約もあるけど、使えないよりは使えたほうが断然いい。
その魔術ってのは、大きく四種類に分けられる。
怪我を治したり相手を眠らせたりと、主に体にもともと備わっている機能を利用する回復系。攻撃を防ぐバリアを張ったり相手を縛める糸を作り出したりと、自分の魔力を直接物質化させる補助系。転移魔術に代表される空間系。これは想像力勝負といったところだな。そして一番の花形が自然の力を利用する攻撃系だ。すべての魔術はこれら四系統を複雑に組み合わせることによって作り上げられてる。だからXX系の魔術といった場合は、そのXXって系統を多く利用するってことで、かならずしもその系統の名前どおりの使われ方をするとは限らない。当然それぞれに、得手不得手があるわけだから単純に魔力の過多によらず使えない魔術っていうのも出てくるわけだ。ちなみに俺は回復系。あればっかりは昔からいくらやっても全然だめ。たぶん他人の魔力に干渉されやすいっていうのが原因だな。
なんか複雑でめんどくさいって? 安心しろ、普通は治癒に関係する魔術が『医術』でそれの使い手を『医術士』、その他を『魔術』と『魔術士』って呼ぶか、そういう区別なしに魔術を使えれば『術士』って呼ぶかのどっちかだし。そういえば、天界のやつら、さらに言えばそいつらを信仰している教会なんかは『魔』って言葉を嫌って、『法術』って呼んでるみたいだな。呼び方なんてどうだっていいと思うんだけどな。要は使えればいいんだよ。本当のこと言えば、系統だって覚える必要なかったりする。なにせ魔術発動に必要なものなんて、半分が経験、三割が発想力で、残りが魔力とかいう、ほとんど職人芸の世界だ。いちいち「この系統が何%で……」なんて考えながらやってたら、とてもじゃないが実戦じゃ使い物にならない。ただしその分、魔力の配合は人によって異なるから、それをうまく応用すればあっと驚くような効果が得られたりするんだけどな。つまり魔術は使い方次第ってわけだ。
だからある人は、
『人はおろかないきものである。己に過ぎたる力を得ると傲慢になり争いを起こす。だから、魔術は厳格なる統制の下で選ばれた者たちのみが使用すべきである』
と言い、またある人は、
『たしかに魔術は破壊を生むかもしれないが、もたらされる利益のほうがはるかに大きい。すべての人がこの恩恵を享受してしかるべきである』
と言った。
後にそれぞれの考え方を引き継いで、世界中の術士たち取り仕切る魔法結社内に二つの派閥が生まれた。派閥に所属する術士全員が貴族階級の人間で完全な師弟制をとるのが『宮廷派』、学校制をとり志と魔術の才能さえあれば誰でも加入できるのが『学園派』だ。学園派は最初、宮廷派の方針に疑問を持ち脱派閥宣言したやつらが寄り集まって作った地下組織だったんだけど、その構成員が全員学園都市アカデミアの卒業生だったため学園派と呼ばれている。そんなやつらが寄り集まってできた集団に、学園派なんて名前をつけるなんておかしい気もするけど、結局のところそいつらも自分たちの都合のいい組織がほしかっただけだったみたいだから的を得たりって感じだな。この名前をつけたやつはかなり頭のいいやつに違いない。現に、派閥なんて言われているけれどそれぞれ個別の組織になっていて、魔法結社なんてものは学園派が世間の表舞台に立ち始めた頃にはとっくの昔に形骸化してたしな。これだけ性格の違う組織のわけだから当然、初期の頃はかなり大規模な衝突もあったけれど、学園派が成立してから二百年以上が過ぎた現在、二つの派閥はそれなりにうまくやっているみたいだ。たしか最後の武力抗争は二十年くらい前だったな。
だからといって二つの組織が和解したわけじゃあない。ただ単に、宮廷派が血統主義を貫き続けたせいで所属している術士の数が激減してしまったというのと、逆に学園派は組織が大きくなりすぎて組織内の内部抗争でいそがしいというだけのことらしい。むしろ、各国が数十年前から術士の待遇にも実力主義を持ち込み始めたせいで、争いの場が政の世界にも拡大して悪化しているのが現状だ。
おっと、政治の話なんてもんはそういうのが好きなやつらに任せとけばいいか。でもこういうときって本の世界では、誰かが何かとんでもないことをしでかすのがお約束ってやつなんだよな……。